鬼滅の刃にみる現在と過去の民俗学

先日、例に漏れず、会社の同僚の家族と時間を合わせて『鬼滅の刃』の映画を見に行きました。

あまり知らなかったのですが、車の移動時などに子供達がアマゾンプライムで見てたりと

音や時々見る映像にただただ「グロいなぁ」の感情しかありませんでした。

正直、今でもそうですけれど笑

 

 

 

映画が始まる前に、地上波で再放送を特番でやっていましたが、

あれもあんなゴールデンタイム(死語??)にグロい所流していいの??とか思いながら見ていたものです。

 

 

 

そんな予想に反して、大人だけでなく小学生や幼稚園の子ども達にまで流行っていて、家族で映画を見にいくのです。

 

ここだけの話、小学校1年生の次男も、初めて見た1年前はその日の夜におねしょをしたくらいなのにです。

 

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《え:だいじろう(次男 6さい)》

 

 

 

僕が子供の頃は、アニメでもグロいのだらけでしたが、

「グロいものを子供に見せると、人格形成に良くない。模倣した犯罪が起こりかねない」

ということで、どんどんなくなっていった気がします。

 

今回はそのタブーとの対決だったような気もします。

そしてそのタブーも、炭治郎たち鬼殺隊に完全に負けました。

 

実際、子供を持って思うことは、

グロいものを見せようが見せまいが、“子供の人格形成は親次第”ということです。

 

 

映画は思ったよりグロいところが少なかったような気がします。思ったより、ですよ。

でもそれをはるかに凌ぐ映像美や、シナリオに引き込まれました。

日本だけでなく、世界でウケるとしたらそこなんかな。

 

 

なんとなく思うのが、ジブリをはじめ日本の民俗要素を取り入れたものが、流行る傾向にあるような気がします。

トトロやもののけ姫、千と千尋もそうですが、最近では君の名はなど。

 

 

不思議に思うのが、例えばキリスト教圏の人たちに八百万の神の世界観ってどう映るのかな。

でもまぁ、日本人の僕たちがロードオブザリングやハリーポッターを(古い???)愉しむのと似てるんかな???

 

ただ一つ言わせて欲しいのは、鬼滅の刃の映画で今回全世界に向けた題名が『Demon Slayer』でした。

これだと「鬼」=「 Demon (悪魔、サタン)」になってしまいますが、

日本の鬼は西洋のいわゆる悪魔ではないのであまりいい訳ではないと思います。

 

中二病的に見れば、なんだかカッコいいでしょうけれど。。。

 

悪魔やサタンが死ぬ間際に、昔の悲しい過去を思い出して泣いたりはしないはずですから。

“鬼になるには悲しい過去、耐えがたい過去がある”のは、なにも『鬼滅の刃』に出てくる鬼だけの話ではありません。

日本の民話の中にたくさんあるのです。

その鬼たちが、デーモン、サタンと一緒にされてしまったら可愛いそうに思えるのは僕だけでしょうか???

 

 

 

 

でもまぁ、どんな悲しい過去を背負って鬼になっても、人を喰らったらその時点でダメなんですが。

 

 

 

 

 

 

《表紙のえ:こうたろう(長男 10さい当時)》

 

 

 

 

 

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