東京五輪ピクト音頭

何人の日本人が意識しているだろうか、来年はラグビーのワールドカップが日本で開催される。その次の年は2020東京オリンピックだ。シンボルマーク問題でなにかとお騒がせの対象となったデザインだったが、多くの人々が日本を訪れ、全世界の人々が画面を通じて素晴らしい力と技の祭典に酔いしれるだろう。

今から遡ること54年前、前回の1964東京オリンピックの時には世界で初めてのデザインの試みが実施された。様々な場所や競技を示すためのピクトグラムの制作だ。世界の人々が言葉を使わずしてその意味を理解できるピクトグラム。1964年の東京大会まで、こういうピクトグラムによる表示はなかったらしい。作ったのは当時の11人の若きグラフィックデザイナーたち。田中一光、横尾忠則、勝美勝・・などの号令のもと、数ヶ月の間迎賓館の地下に何回も集まり制作されたという。机には大量のわら半紙と鉛筆・・・「今日は電話を考えてくれ」などの指示により、いっせいにアイデアをしぼりはじめる。交通費は支給されず一回の会合に弁当ひとつ。オリンピックの観戦チケットなどとうていもらえない。それでも若きデザイナーたちは日の丸を背負っているという気概があったという。こうして試行錯誤の末、競技を示すピクトグラムを20種、設備内で使用するものを39種作成された。中でも制作者を悩ませたのはトイレのピクトグラム。いろんなトイレを連想するマークを考えた末、あの男女が並ぶマークとなった。このピクトグラムの発想の原点は、日本独自のデザインの究極の完成形である「家紋」からの発想だったということである。美しい草花や動物、道具や気象現象まで・・・ありとあらゆる事象を日本人独特の感性で記号化した家紋の精神がオリンピックに溶け込んでいる。こうして晴れて完成したピクトグラムたちは、同時にあることが実施された。これらの知的財産をのちの社会に還元する目的で、全員の著作権放棄の署名がなされたのである・・・。ここにものづくりの国である日本の美しい無私の精神を垣間見る。(大阪制作/藤原秀憲)

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